近年は「国が日経平均を下支えしている」という話題を耳にする機会が増えました。一方で、日本の1991年前後のバブル崩壊時には、なぜ同じような大規模な下支え策が取られなかったのか疑問に思う人も少なくありません。実は当時と現在では、経済政策の考え方や中央銀行の役割、市場との向き合い方が大きく異なっています。この記事では、バブル崩壊時に株価の下支えが積極的に行われなかった理由を、現在との違いも交えながら解説します。
1991年当時は「市場が調整するべき」という考え方が強かった
現在のような市場介入的な発想は、1990年代初頭にはそれほど一般的ではありませんでした。
当時はバブルによって株価や不動産価格が実体経済とかけ離れて上昇していたため、「過熱した市場は自然に修正されるべき」という考え方が政策側にも強くありました。
つまり、株価下落そのものを問題視するよりも、バブルの行き過ぎを正常化する意識が優先されていた時代でした。
現在のようなETF買いなどの制度が存在していなかった
今の「国が株価を支えている」という話では、実際には日本銀行によるETF(上場投資信託)購入などが話題になります。
しかし1991年当時には、そのような仕組み自体がありませんでした。
| 比較項目 | 1991年前後 | 現在 |
|---|---|---|
| ETF制度 | 存在しない | 存在する |
| 日銀の市場介入手法 | 限定的 | 多様化している |
| 金融政策 | 金利中心 | 量的緩和も活用 |
現在は金融政策の手段が大幅に増えているため、市場への関与の方法も変化しています。
当時はインフレ抑制が優先課題だった
バブル末期には、株価だけでなく地価や資産価格全体が急激に上昇していました。
そのため、日本銀行はむしろ金融引き締めを行い、過熱した経済を抑えようとしていました。
具体例として、公定歩合は1989年から段階的に引き上げられています。
現在は長くデフレや低成長に悩んできた背景があるため、「景気を支えること」が重要視されていますが、当時は逆方向の課題に対応していたとも言えます。
バブル崩壊の深刻さは途中まで想定されていなかった
結果として見ると、バブル崩壊後の影響は非常に大きなものになりました。
しかし当時は「一時的な調整になる」「景気は回復する」と考える人も多く、長期不況や不良債権問題がここまで深刻化するとは十分認識されていませんでした。
例えば、株価が下落しても企業や金融機関が持ちこたえられると見られていた面もありました。
現在の下支え政策にも賛否はある
現在の株価支援的な政策にも、もちろん意見は分かれています。
- 市場の安定につながるという考え
- 価格形成をゆがめるという考え
- 出口戦略が難しいという指摘
- 長期的な副作用を懸念する声
そのため、「今は支えているから正しい」「昔は支えなかったから失敗」と単純には言えません。
時代ごとの経済状況や政策手段の違いを踏まえることが大切です。
まとめ
1991年のバブル崩壊時に国が積極的に株価を下支えしなかったのは、「市場が調整するべき」という考え方が強かったこと、現在のようなETF購入制度がなかったこと、そしてインフレ抑制が優先課題だったことが主な理由です。
現在と当時では、経済環境も金融政策の手段も大きく変わっています。
同じ「株価対策」という言葉でも、時代背景を知ることでその違いがより理解しやすくなります。
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