「一つだけ説明すれば理解できるのに、二つのことを同時に伝えると分からなくなる」「一つ目はできるのに、二つ目の指示を忘れてしまう」といった様子を見ると、その人の理解力や知能そのものに問題があるのではないかと感じることがあります。
しかし、複数の指示を一度に処理できないという行動だけで、その人の知能が低い、いわゆる「頭が悪い」と判断することはできません。人が複数の情報を同時に扱うときには、知識や知能だけでなく「ワーキングメモリ(作業記憶)」「注意」「情報処理の速度」「言葉の理解」「疲労や緊張」など複数の要素が関係するからです。
実際、厚生労働省の資料でも、ワーキングメモリに関係する例として「複数の指示のうち一部だけ実行する」「指示されたことを忘れてしまう」といった状態が挙げられています。この記事では、一つの指示なら理解できるのに複数になると難しくなる理由と、人の理解力を見るときに注意したいポイントを分かりやすく解説します。
- 一つは理解できるのに二つになると難しいのはなぜ?
- 「二つの指示のうち一つしかできない」はワーキングメモリと関係することがある
- 理解力とワーキングメモリは同じものではない
- 「理解できない」のか「覚えていられない」のかを分けて考える
- 二つになると難しくなるのは「同時処理」の負荷も関係する
- 同じ人でも疲労・睡眠不足・緊張で理解しにくくなることがある
- 説明する側の伝え方が原因になっている場合もある
- 人の理解力を見るなら一回のミスではなくパターンを見る
- 複数の指示が苦手な人には「一つずつ」「見える化」が有効
- 「頭がいい・悪い」を見抜く簡単な方法はある?
- 以前はできていたのに急にできなくなった場合は別に考える
- まとめ:二つのことを理解できないだけでは「頭が悪い」とは判断できない
一つは理解できるのに二つになると難しいのはなぜ?
人間が何かを聞いて、その内容を覚えながら行動するときには「ワーキングメモリ」と呼ばれる機能が使われます。ワーキングメモリとは、必要な情報を短時間だけ頭の中に保持し、その情報を使って考えたり行動したりするための仕組みです。
たとえば「冷蔵庫から牛乳を取ってきてください」という一つの指示であれば、覚えておく情報は比較的少なくて済みます。しかし「冷蔵庫から牛乳を取ってきて、それをテーブルに置いたあと、棚からコップも持ってきてください」となると、複数の情報を頭の中に保持しながら順番に処理する必要があります。
このとき必要になるのは、単に言葉の意味を理解する能力だけではありません。「牛乳」「テーブル」「コップ」という情報を一時的に覚え、さらに「どの順番で何をするか」を管理する必要があります。そのため、指示が増えるほどワーキングメモリにかかる負荷も大きくなります。
米国心理学会(APA)も、ワーキングメモリを、学習・推論・理解などの複雑な認知活動に必要な情報を一時的に保持し、操作する仕組みとして説明しています。
[参照] American Psychological Association「Working Memory」
「二つの指示のうち一つしかできない」はワーキングメモリと関係することがある
厚生労働省の資料では、ワーキングメモリについて「ごく短い時間情報を記憶し、その記憶を使って何らかの処理を行う能力」と説明しています。「心のメモ帳」と表現するとイメージしやすいでしょう。
同資料では、ワーキングメモリが低下している可能性のある例として、「複数の指示のうち一部だけ実行する(指示されたことを忘れてしまう)」という行動も紹介されています。
たとえば「書類をコピーして、コピーが終わったら田中さんへ渡してください」と指示されたとします。「コピーする」まではできても、その作業をしている間に「田中さんへ渡す」という二つ目の情報が頭から抜けてしまうことがあります。
この場合、「田中さんへ渡す」という言葉の意味を理解できなかったとは限りません。理解はできていても、最初の作業をしている間に二つ目の指示を一時的に保持できなかった可能性があります。
理解力とワーキングメモリは同じものではない
ここで重要なのは、ワーキングメモリと「知能」や「理解力」を完全に同じものとして考えないことです。ワーキングメモリは学習、問題解決、読解などさまざまな認知能力と関係していますが、人間の能力は一つの要素だけで決まるものではありません。
たとえば、複数の口頭指示を覚えることが苦手でも、紙に書かれた手順を見れば正確に仕事ができる人がいます。また、暗算は苦手でも文章の理解や専門技術には非常に優れている人もいます。
反対に、口頭で複数の指示をすぐ覚えられるからといって、論理的思考、専門知識、判断力などあらゆる能力が高いと決まるわけでもありません。
一つの課題に対する得意・不得意から、その人全体の知的能力を判断することはできないという点は押さえておく必要があります。
「理解できない」のか「覚えていられない」のかを分けて考える
複数の指示が通らない人を見るときには、「内容そのものを理解していない」のか、「理解したものの途中で忘れてしまった」のかを分けると状況が分かりやすくなります。
たとえば「AをしてからBをしてください」と伝えた後、その人に「何をすればいいですか?」とすぐ確認してみます。その時点でAとBの両方を説明できるのであれば、指示そのものは理解できている可能性があります。
ところがAを実行したあとにBを忘れてしまうのであれば、問題は言葉の意味の理解ではなく、作業中に情報を保持する部分にあるかもしれません。
逆に、指示を聞いた直後から「どういう意味ですか?」となるのであれば、言葉の意味、説明方法、前提知識など別の要因を考える必要があります。この二つは外から見ると似ていますが、原因は異なります。
二つになると難しくなるのは「同時処理」の負荷も関係する
人間は複数のことを同時に処理すると、一般的に一つだけ処理するときよりパフォーマンスが低下しやすくなります。認知心理学の研究でも、ワーキングメモリへの負荷が増えることで注意制御や課題遂行が難しくなることが報告されています。
たとえば電話をしながら複雑な計算をする、説明を聞きながら別の文章を書く、複数の新しいルールを覚えながら作業するといった状況では、普段なら簡単にできることでもミスが増える場合があります。
「一つならできるが二つだとできない」という現象も、二という数字そのものに特別な意味があるのではありません。実際には情報量や処理量が本人のその時点で扱える容量を超えたところでミスが増えると考えたほうが分かりやすいでしょう。
同じ人でも疲労・睡眠不足・緊張で理解しにくくなることがある
複数の指示を処理できる能力は、いつも一定とは限りません。同じ人でも、十分に休んでいるときと疲労しているときではパフォーマンスが変わることがあります。
たとえば普段は「メールを確認して、資料を修正して、その後会議室へ来てください」という指示を問題なく処理できる人でも、極端に忙しいとき、別の作業について考えているとき、強い緊張状態にあるときなどには一部を忘れることがあります。
また、周囲が騒がしい、説明が速すぎる、知らない専門用語が多い、といった環境でも処理すべき情報量が増えます。そのため、1回の失敗だけを見て本人の能力そのものを決めつけるのは適切ではありません。
説明する側の伝え方が原因になっている場合もある
指示が通らないと、受け手の理解力ばかりに目が向きがちですが、説明する側の伝え方にも原因があることがあります。
たとえば「これ終わったら昨日話したやつをあっちに持っていって、例の件も先方に確認しておいて」と言われても、「これ」「昨日話したやつ」「あっち」「例の件」「先方」が何を指しているのか共有されていなければ、理解するのは簡単ではありません。
これを「この申請書をコピーしてください。終わったら総務部の田中さんへ渡してください。その後、A社へ納期を電話で確認してください」と具体化すれば、同じ三つの指示でも理解しやすくなります。
「相手が分からない=相手の能力が低い」と考える前に、指示そのものが具体的で整理されているかを確認することも重要です。
人の理解力を見るなら一回のミスではなくパターンを見る
仕事や日常生活で相手の理解力を判断したい場合、一度のミスよりも「どのような状況で繰り返し困るのか」を見るほうが参考になります。
| 見られる行動 | 考えられる要因の例 |
|---|---|
| 一つの指示はできるが複数だと一部を忘れる | ワーキングメモリへの負荷 |
| 説明直後から意味が分からない | 言葉・前提知識・説明方法の問題 |
| 口頭では難しいが文章ならできる | 情報提示方法との相性 |
| 急かされるとミスが急増する | 緊張や処理速度の影響 |
| 周囲が騒がしいと指示が入らない | 注意・環境による影響 |
| 以前はできたことが急にできなくなった | 疲労や体調などを含め別の要因の確認が必要 |
このように、「複数の指示が苦手」という一つの現象にも複数の原因が考えられます。特定の行動だけから知能や人格まで評価するのは難しいのです。
特に仕事では、能力を推測するより「口頭より文章のほうが正確か」「一度に一つずつ伝えると改善するか」「チェックリストがあればミスが減るか」といった形で、実際の仕事の精度を確認するほうが実用的です。
複数の指示が苦手な人には「一つずつ」「見える化」が有効
複数の指示を一度に覚えることが苦手な場合、指示を細かく区切るだけで改善することがあります。「A、B、Cをしてください」と一度に伝えるのではなく、「まずAをしてください。終わったら声をかけてください」と一つずつ進める方法です。
また、口頭だけではなくメモ、チャット、チェックリストなど文字で残す方法も効果的です。頭の中に情報を保持し続ける必要がなくなり、必要なときに見直せるからです。
たとえば「①請求書を確認する、②金額を入力する、③入力後に担当者へ送る」という3項目を紙や画面に表示しておけば、途中で次の作業を忘れても自分で確認できます。
これは本人を甘やかす工夫ではありません。航空、医療、製造など高度な正確性が求められる分野でも、記憶だけに頼らずチェックリストや手順書を利用する考え方があります。人間の記憶には限界があることを前提に仕組みでミスを防ぐという発想です。
「頭がいい・悪い」を見抜く簡単な方法はある?
人の知的能力は、日常会話で一つ二つ質問した程度では正確に判定できません。知能という概念そのものにも、学習、推論、問題解決、環境への適応などさまざまな側面があります。
米国心理学会は知能について、情報を導き出すこと、経験から学ぶこと、環境へ適応すること、思考や推論を理解し適切に利用することなどを含む能力として説明しています。
そのため「二つの指示を覚えられなかったから知能が低い」といった判定方法には根拠がありません。学校の成績、会話の速さ、暗算、記憶力など一つの要素だけでも同様です。
[参照] American Psychological Association「Intelligence」
以前はできていたのに急にできなくなった場合は別に考える
以前から複数の指示が苦手だったというケースと、以前は問題なくできていたのに最近になって急に忘れるようになったケースは分けて考える必要があります。
厚生労働省のワーキングメモリに関する資料でも、「複数の指示のうち一部だけ実行する」「今何をしていたのだったっけとなることが増える」「同じミスを繰り返す」といった変化が紹介されています。
日常生活や仕事へ支障が出るほど急激な変化がある場合や、記憶・判断などについて本人や周囲が明らかな変化を感じている場合には、単純に「能力が低い」と処理せず、必要に応じて医療機関など専門家へ相談することも選択肢になります。
一方、一時的な失敗だけで病気や障害を推測することも適切ではありません。睡眠不足、疲労、強いストレス、周囲の環境などでも人の認知パフォーマンスは変化するため、状況を継続的に見ることが重要です。
まとめ:二つのことを理解できないだけでは「頭が悪い」とは判断できない
一つの簡単な指示ならできるのに、二つ以上になると一部を忘れたり実行できなくなったりする場合、ワーキングメモリへの負荷が関係している可能性があります。厚生労働省も、複数の指示の一部だけを実行してしまうことをワーキングメモリに関連する例として挙げています。
しかし、その行動だけで知能が低い、理解力がないと判断することはできません。ワーキングメモリ、注意、処理速度、言葉の理解、前提知識、疲労、緊張、周囲の環境、さらに説明する側の伝え方まで多くの要因が影響します。
相手の能力を見極めたい場合には、「一つならできるか」「二つになるとどこで失敗するか」「口頭ではなく文章ならできるか」「メモがあれば正確にできるか」「理解していないのか、後から忘れるのか」と分けて観察するほうが、その人の特徴を正確につかみやすくなります。
そして実生活では、人を単純に「頭がいい・悪い」と分類することよりも、どの伝え方なら正確に理解・実行できるのかを把握するほうが役に立ちます。複数の情報を扱うことが苦手なら、一つずつ指示する、番号を付ける、文章にする、チェックリストを使うといった工夫によってミスを減らせる場合があります。
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